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添田 優作

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■ご挨拶

こんにちは。車椅子・介護用品のTCマートの添田です。

兵庫県西宮市で車椅子・介護用品のネット販売、地域での福祉用具貸与事業所を家族で営んでいます。

TCマートは、福祉用具プランナーの私や。福祉住環境コーディネーターの父、福祉用具専門相談員の資格をもつ

スタッフなど、介護用品のプロが運営するプロショップです。

車椅子や介護用品はご利用される方のお体の状況、介護の環境などによって最適なものが違います。

TCマートでは専門店ならではのわかりやすい説明、プロスタッフによる電話相談など、車椅子・介護用品のお店で

日本一安心できるお店を目指し日々精進しています。

 

■大のおばあちゃんっ子だった子供時代

子供時代、両親と弟、妹そしておばあちゃんと6人家族の中で育ちました。
両親が共働きだったので、一緒に暮らしていたおばあちゃんが本当にかわいがってくれました。
両親が厳しくしつけられた事もあってか、大のおばあちゃんっ子だった僕は、学校から帰ってくるとおばあちゃんの部屋でせんべいを食べながら時代劇を見るのが日課。 そんなやや、年寄りくさい子供でした(笑)

 

小学生の頃、おばあちゃんが近くの映画館に映画を見に連れて行ってくれた時のことです。
当初、ドラえもんの映画を見に行ったのですが、同じ映画館で『必殺仕事人』の映画を上映していたのです。中村主水ファンだった僕は、迷った挙句、必殺仕事人を選択。入場する時に、係りの人が親切に「ドラえもんは向こうですよ!」と教えてくれたのですが、
おばあちゃんと2人声を揃えて「仕事人見るので!」と言った事をよく覚えています (笑)

中学生ぐらいの頃、思春期で、親の事がめんどくさかったり、なんとなくうざったいなぁと感じていた頃もおばあちゃんにだけは、素直に接することができました。
反抗期真っ最中だった僕は、グレる根性はないくせに不良ファツションに憧れ、ある時変形学生服のズボンを買って着て帰ると、母親から「あんた!何考えてんの!!」と物凄く怒られたのですが、おばあちゃんは「あんた、ええのん買ってきたなぁ!どこで買ってきたん?」って聞かれて何となく毒気を抜かれたり・・

■就職氷河期・・悩んだ末に美容師の世界へ!

おばあちゃんは、とってもユニークな人だったので彼女から色々な事を教えてもらった
んだなぁと大人になってしみじみ感じます。そしていつも味方でいてくれて、いいところを見つけて褒めてくれた事に本当に感謝しています。

そんな、おばあちゃんの影響を受けながら育った僕は子供の頃から何となくですが、
大人になったら、「おばあちゃんのようなお年寄りの人に喜んでもらえる仕事がしたいなぁ」とぼんやりと思っていたのを思い出します。

高校を卒業する頃。進路を決める時、服が好きだった僕はファツションの専門学校に行こうか悩んでいました。父はずっとアパレル業界でサラリーマンをしていたので進路の事を相談しました。当時はバブルもはじけ、就職氷河期と呼ばれた時代で、父の勤めていた会社やアパレル業界はもろに不況のあおりを受けていたのでしょう。父には反対はされませんでしたが、業界が大変なことや就職先が厳しいことなど色々とアドバイスをくれました、業界や就職への不安から、手に職をつけることを決め、アパレルの次に興味の合った美容師を目指すことにし専門学校への進学を決めました。

専門学校を卒業した僕は大阪の美容室で働きはじめました。仕事は楽しかったですが、美容業界は職人の世界。回りは仕事が生きがいの本当美容バカのような人たちばかり。本当にこの世界でずっとやっていく事が出来るのだろうか・・・とモヤモヤしたものを抱えていました。

 

■大好きなおばあちゃんの死

そんなモヤモヤが日に日に大きくなってきました。本当に楽しそうに働いている人々に対して自分は本当にこの道でいいのだろうか・・・という気持ちが強くなり、退職することにしました。

とはいえ、そこから何をしたいのか、するのかも何もなく、ただ毎日の生活のために色々な仕事を転々としました。自分はいったい何をしたいのか・・・模索しつつも日々焦りを感じていました。そんな時も、おばあちゃんは「あんた、ようがんばってるな!」と励ましてくれました。そんな励ましもあって一度海外にでて、自分の世界を広げよう!と思い立ち、そこからは海外留学するためにとにかくお金を貯める!!その為に毎日、夜中や明け方まで毎日12,3時間働いていました。

そんな時です。おばあちゃんが倒れました。
以前から血圧が高く、糖尿病もあり、その頃は心臓の発作を起こし何回も救急車で運ばれて入退院を繰り返していたのですが、しばらくすると元気に退院して戻ってきてくれていたのですが、発作の繰り返しもあり心臓が徐々に弱っているとの事でした。

発作が起こる期間も日に日に短くなり、発作が起こるたびに「苦しい!痛い!」とおばあちゃんが苦しみます。今まで、ずっと見守ってくれて、たくさんの愛情を注いでくれた大切なおばあちゃんが、苦しんでいても僕には何もすることが出来ません。
ただ、ただ、手を握って励ますことしか出来ない自分が無力で虚しかったのです。
しばらくして薬の影響もあり、おばあちゃんはほとんど眠っている毎日になりました。
そうなってから行ける時は仕事の前、仕事の後、時間をみつけては病院にいきました。
とにかく、何か少しでもおばあちゃんの役に立ちたかったのです。

ある日のこと。
その日は特別仕事が忙しく、仕事が終わったのは午前3時を回っていました。
長時間の仕事で疲れ、翌日も忙しい日でしたので1日も早く帰宅して眠りたかったのですが、何故かおばあちゃんに会いにいかないと!という思いに駆られ帰りに病院により、
おばあちゃんの寝顔を見ながら心の中で会話をしてから自宅に帰りました。
その数時間後の明け方におばあちゃんは亡くなりました。
あの時衝動的におばあちゃんに会いにいったのは、きっと心配していつもきにかけてくれていた僕の事を呼んでくれたんだと思っています。
お通夜の時もお葬式の時も涙が止まりませんでした。人生であんなに泣いたことは今までも1回もありません。本当に悲しかったですが、最後の最後にもおばあちゃんは僕に色々なことを教えてくれました。

それから1年間オーストラリアへ1年間のワーキングホリデーへ。その後タイ・カンボジアへのバックパッカー旅行で色々な経験、出会いがあり、日本の素晴らしさや家族、友人、周りの方々のありがたさを再認識し、豊かで平和な日本を築いてくださった高齢者の方々への尊敬と感謝の念を感じました。

■在宅医療から介護の業界へ

帰国後、父が脱サラしてはじめていた在宅医療機器のレンタル販売業を手伝わないかと言われて、手伝うことに。はじめはアルバイトのつもりで手伝いだしたのが、いつの間にか本業に。地域の個人医院へ飛び込みで訪問営業を行い、呼吸器の悪い方のご自宅での療養でお使いになる医療器をご自宅に設置させていただくのが主な仕事です。
しかし、営業の仕事をきちんとしたことない僕は、中々契約がとれないどころか訪問先のドクターに怒られたり、門前払いされることも多々有り自分自身の不甲斐なさ、未熟さを痛感しました。落ち込む日々も多かったのですが患者様のおじいちゃんやおばあちゃんが、『お兄ちゃんがんばりや!』『いつもありがとうね』とお声掛けいただいたり、皆さんかわいがってくださる事が何よりの励みでした。
試行錯誤しながらも、業界の価格競争の激化、保険の改正などもあり成果の出ない日々が2年ほど続きました。当時、オーストラリアで出会った彼女(現在の妻)と付き合っていました。僕は兵庫、彼女は埼玉で帰国後は遠距離恋愛をしていましたが、帰国する前に、「帰国したら生活の基盤を作って迎えにいくから」と約束していましたが、当時は自分の食事代程度のほとんど無給に近い状態でしたので、現状を打破できない閉塞感と自分自身への苛立ちから、父とぶつかる事も多かったです。もうこの仕事辞めてしまってどこか他所に勤めにいこう。何度も父にも言いました。父も父で色々辛かったと思います。

ちょうどその時ごろから患者様のご家族から介護のご相談などをいただくことが多くなりました。
子供の頃から、おじいちゃん、おばあちゃんの役立つ仕事がしたい!と思っていたこと。
自分のおばあちゃんが入院している時に何かしてあげたかったのに何もしてあげられなかった事を思い出しました。
大切な家族に少しでも幸せになって欲しいと思ってる方々のお力に少しでもなれたら・・・、そんな思いと現状を打破する思いを叶える為に父と何度も話込み、介護業界への参入を決めました。

■介護業界で感じた疑問
介護の事業を始めてから感じたことです。
福祉用具事業所はレンタルがメインです。介護保険の使える方はレンタルを利用できます。ですが、財源の圧迫から介護保険の適応やサービスは年々厳しくなっています。保険が改正になると今まで借りていたものが突然借りれなくなったり、本当に必要な人の手にも届かないことも多々あります。あと
介護や介護用品に関する情報や選択肢が圧倒的に少ないのです。何かそういうところに矛盾を感じていました。そして、同じようにお困りの方が全国にもたくさんいらっしゃるのでは無いかと思っていました。その時、あるきっかけからインターネット通販なら、そんなお悩みを解決ができるのではないか?と思い立ち、車椅子・介護用品のインターネット通販を開始することにしました。HPやPCの知識やスキルも無かったのですが、おじいちゃん、おばあちゃんが本当に安心して使えるものをお求めやすい価格で、簡単に買えるようにしたい!という思いから独学で毎日夜中まで猛勉強しました。当時の福祉用具の業界はインターネット通販への理解度も低く、「介護用品はインターネットで売るもkのじゃない!」「顔も見ずに車椅子を売るなんて無責任だ!」などと非難されることもたくさんありました。それでも、実際の店舗よりもわかりやすい情報、そして対面販売に負けないお客さま対応で日本一のネットショップになれるように
福祉用具の勉強、研修はもちろん、ホームページの作り方や動画撮影方法など、わかりやすく安心してご利用いただけるように試行錯誤してきました。お陰さまで多くのお客様に支えられ今までたくさんのお客さまにご利用いただいております。

■夢は日本中のおじいちゃん、おばあちゃんへ笑顔を届けること!

TCマートをご利用いただいたお客様からお礼のお手紙やお電話、励ましのメールなどをいただくと本当にやってて、良かったとつくづく感じます。
毎日たくさんの介護にお困りの方々からお電話やメールでご相談をいただきます。
その度に、まだまだ、車椅子や福祉用具って難しいし、お困りの方がたくさんいらっしゃると実感します。確かに介護では実際に現場やご利用者様を見ないとわからない事もたくさんあります。ですが僕たちTCマートは、気軽に相談できる専門家でありたいと考えています。誰に聞けばいいかわからない。そんな事が介護に関してございましたらお気軽にご相談ください。僕がおばあちゃんに感じたように大切なご家族に何かして上げたい!少しでも毎日を幸せに暮らして欲しい!そんな方々のお手伝いができればと思っています。

TCマートは単に車椅子・介護用品をお届けするだけでなく、その先にある家族の安心と笑顔をお届けする為に全力を尽くします。
そして日本中のおじいちゃん、おばあちゃんが笑顔になれるように日々精進を続けていきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。